本のソムリエ〜「もう一度楽しみたい!」となる書評と映画評〜

「あなたの人生を変える本が、きっとある」というコンセプトのもと、本や映画の紹介をしています。「こんな見方があったんだ!」と、作品の魅力を引き出す評論を書いています!

『トゥルーマン・ショー』感想。もしも自分の人生がTV番組だと気づいたら。あなたはこの世界を捨てる?

 

自分の人生が"TV番組のショー"である男の物語

  トゥルーマンは保険会社に勤める平凡なセールスマン。ただ、特別な点が一つある。それは、彼の人生がTVの"ショー"として全世界に公開されていることだ。

 トゥルーマン本人は、自分が"ショー"に出ていることなど気づいてないし、ましてや自分の住んでいる世界が離島に作られたセットで、周りの人間が全員キャストであるなどということは知るよしもない。彼の人生は"監督"の作る"物語"に過ぎず、消費されるために存在している。そんななんともメタフィクショナルな映画である。

 しかし、トゥルーマンはある日世界の違和感に気づく。周りの人間がひたすら同じところをグルグル回っていたり、番組スタッフの無線を偶然にも傍受してしまったりといったことが続いたのだ。そして、自分の住む世界に不信感を抱いたトゥルーマンは、この"セット"からの脱出を試みる……。これが本作品の簡単なあらすじである。

 

 この映画はさまざまな見方が出来る。人間の人生すら消費の対象としてしまう資本主義社会の姿を皮肉っている作品とも、"監督"であり"神"であり"父"であるクリストフから"息子"トゥルーマンへの愛情を描いた作品とも見ることが出来る。

 その中で、見ていて一番関心を引かれた部分は、この映画はディストピア作品と見ることができるのではないかという点である。

 

ディストピア作品としての『トゥルーマン・ショー

 厳密に言うと、この映画をディストピア作品に分類することは難しいかもしれない。通常、ディストピア小説などはディストピア化した社会をテーマにしている。しかし、この作品ではあくまで監視されているのはトゥルーマンただ一人。その点で言うと、『トゥルーマン・ショー』をディストピア映画と分類するのには無理があるかもしれない。

 ただ、それでもディストピアという言葉を用いたのは、"快適な作られた世界"か"自由だが保護されない世界"かという選択がこの作品の根底にあると感じたからだ

 トゥルーマンが生きるセットの世界は、"理想的な平凡な人生"を彼に送らせてくれる。家族や友達に恵まれ、ほどほどに仕事が忙しく、時にはラブロマンスも……。何不自由なく、安全・安心な世界である。

 「人一人の人生をショーとすることに罪悪感を感じないのか」と視聴者から問い詰められ、"監督"クリストフはこう答える。現実の世界は"病んで"おり、彼には理想的な生活を与えていると。そして、トゥルーマンがこの作られた世界に不満を覚えるなら、外の世界に向かって出ていくはずだ、その時は我々は止めることをしない、そう続けた。クリストフは、トゥルーマンが快適なセットの世界を捨て、未知なる外の世界を選ぶことなどありえないと考えていた。

 しかし、トゥルーマンの行動はクリストフの予想を裏切った。彼は"快適な作られた世界"か"自由だが保護されない世界"かという選択のはざまに立たされた。外に出るには幼い頃にトラウマを抱えた海を越えねばならない。海上では"神"であるクリストフによる大嵐が吹き荒れている。この世界を出たところで、そこに何があるは全くわからない。それでも外の世界へ行くんだ。トゥルーマンはそう決断した。

 このトゥルーマンの行動を見て、最近読んだあるシーンが想起された。それは『進撃の巨人』におけるシーンである。

進撃の巨人』に見る"自由への意志"と"人間の本性"

進撃の巨人(1) (少年マガジンKC)

進撃の巨人(1) (少年マガジンKC)

 

 

 『進撃の巨人』は、人を喰らう巨人に支配された世界とそこに住む人々を描いた作品である。人々は巨人の侵攻を食い止めるため、巨大な壁を造りその中に暮らしていた。人々は壁外に出られない代わりに、内地での平和を手に入れたのだ。

 しかし、その平和を"家畜の安寧"だと切って捨てた少年がいた。それが主人公エレンである。エレンは外の世界が危険だと知りつつも、探検したいという夢を持っていた。

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 エレンは内地の平和を"家畜の安寧"だと切って捨てる。自分は人間なんだ。人間だからこそ、外の世界を自由に旅したいんだ。こうしたエレンの思いは作品を通して一貫している。

 エレンは"人間"と"家畜"という言葉をよく使う。そこに見えるのは、"人間だからこそ、自由を求めるんだ"という、"人間らしさ"の希求である。自由を獲得することで、ヒトは人間になれる。エレンの態度からは、"自由への意志"こそが人間の本性(ほんせい)であるという強い信念が覗える。この"自由への意志と人間の本性"というテーマは『トゥルーマン・ショー』と共通する部分である。

 

※以下、ラストシーンのネタバレあり

 

究極の決断―"作られた快適な世界"か"自由で危険な世界"か

 映画のラストシーン。船を漕いで"世界の果て"へとたどり着いたトゥルーマンは、セットに響くクリストフの声と対話する。そして、そこで自分の世界が創られたものだと告げられたトゥルーマンに、クリストフはこう続ける。

 「外の世界より真実があるのは――私が創った君の世界だ。君の周囲の嘘。まやかし。だが君の世界に――危険はない」

 外へと繋がる扉を前にし、トゥルーマンは葛藤する。本当に自分は外へ出ていくべきなのかと。そんな彼にクリストフは「君は怖いから外へ出ていけないんだ」と投げかける。"作られた快適な世界"か"自由で危険な世界"か。クリストフはトゥルーマンが前者を選ぶことを信じていた(あるいは、信じたがっていた)。

 しかし、トゥルーマンは外の世界を選んだトゥルーマンの決断における示唆的な台詞がある。それは、「私は君のすべてを知っている」と語るクリストフに対して言い返した、"Never had camera in my head!(頭の中にカメラはない!)"という言葉である。

 クリストフ(Christophe≒Christ)は"トゥルーマン・ショー"の生みの親であり、トゥルーマンにとっての創造主である。彼の親も友人も仕事も物語も全てはクリストフが創ったものだった。彼は全てを支配していた。

 だが、彼にも支配できない領域があった。それがトゥルーマンの"自由への意志"である。彼の脳内にカメラを置くことやキャストを配置することはクリストフにもできなかったのだ。

 "Is nothing real?(全ては作り物だったのか?"

    "You...are real.(君は本物だ)"

 クリストフ自体、トゥルーマンだけは作り物でないことを認めていた。トゥルーマンは、彼の意志を発揮できる余地があるからこそ人間であったのだ。彼の意志、それだけがまがい物だらけの世界の中で、たった一つの"本物"だった。そうしてトゥルーマンは神に庇護された世界を離れ、クリストフによって作られた"Truman"から"True man(本当の人間) "への道を歩み始めたのであった。

 快適な世界から決別したトゥルーマンの"自由への意志"。その中に我々は"人間らしさ"というものを見出すことが出来る。

 

 

 

トゥルーマン・ショー [Blu-ray]

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『僕たちは世界を変えることができない。』感想。「意識高い系(笑)」と揶揄する人はその葛藤を知らない

 

 医大生の甲太は受験勉強をして大学に入ったものの平凡な日常に疑問を抱いていた。そんなある日「百五十万円寄付してもらえればカンボジアに小学校が建つ」というパンフレットを偶然見かける。これだ!と感じた甲太は、勢いで仲間を募り、クラブイベントを企画して、寄付金の捻出をはかろうと奔走する。同時に、カンボジアにも出向き、地雷除去、ゴミ山で暮らす家族、売春宿で働く少女やエイズ問題などの過酷な現実に触れ、自分のダメさ加減と正対することになり…。決してきれい事だけではない、一歩踏み出す勇気を与えてくれるノンフィクション。(書籍版の説明をAmazonより引用)

 

(※ネタバレあり)

意識高い系青春映画?

主人公で医大生の甲太は、郵便局であるパンフレットを目にする。そこには「150万円でカンボジアに学校を建てよう」というものであった。ぼんやりとした日常に味気なさを感じていた甲太は、「これだ!」と思い立ち仲間を集めて寄付金集めに乗り出す。

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サークルの結成、イベントによる資金調達、企業を訪問してのスポンサー獲得と、苦労しながらもエネルギッシュに前へ進んでいく姿が序盤では描かれている。ここまで観た時の正直な感想は、「あぁ、新しい属性での青春映画か」というものだった。

青春映画というジャンルがある。そのパターンは、

パッとしない日常を送っていた主人公が何かに目覚める→仲間を集める→若者らしいあれやこれやがありながら最後は成功する

というものである。大林宣彦監督の『青春デンデケデケデケ』なんかはその典型だし、有名なところだと『ウォーターボーイズ』もそうだ。さわやかな話の流れで鑑賞後の後味が良いのがその特徴だ。

この青春映画でポイントになるのが「青春と何を掛けあわせるか」、である。先の例だと、前者は青春×バンド、後者は青春×シンクロだ。そのため、この映画は青春×意識高い系なんだな、とそう思った。通り一遍の苦難だけあって、たいした葛藤もないまま終わるんだろうな、と。

しかし、その予想を大きく裏切る展開になっていく

目を覆いたくなるほどのドキュメンタリー

冒頭のあらすじを読んだ時、こんな疑問がわかなかっただろうか。

「『なにかしたい』からボランティアなんて不純」「結局自分たちがいいことしたと浸りたいだけ」「学校建てても先生が足りてないんじゃいの?」「日本にも困っている人はいるのに、どうして行ったこともないカンボジア?」。

視聴者は青春映画らしいテンボの良い展開を楽しみながらも、どうしてももやもやしたものを心に抱える。上に書いたような言葉が心に浮かぶ。言うならば、彼らは深刻な問題に関わっているのに切実さが足りないのだ。

しかし、ある出来事をきっかけに映画は急転換を始める。これまで見ないでいた欺瞞と直面することになるのだ。

カンボジアに学校建てるのに、カンボジアに行ったことないの?」。この一言をきっかけに、主人公ら四人はカンボジアへ旅立つ。初めは旅行を楽しんでいた四人だったが、次第にカンボジアの過酷な現状を知ることになる。

その描写が強烈。地雷原に住む子ども、エイズ病棟で死を待つしかない少女、ボルボト政権時の虐殺の記録......まるでドキュメンタリーを見ているかのような感覚に陥る。

特に衝撃的なのが、このシーン。この木が何の木かわかるだろうか?

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この木は、ポルポト政権時に憲兵が子どもを叩きつけて殺すために使われた木だと言う。

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木には今でもその生々しい血の跡が残っている。そして、地面を少し掘れば人骨があちこちに埋まっている。こうした苛烈さ、悲惨さが淡々と語られていく。前向きなエネルギーに満ち満ちていた序盤とは対照的だ。

現地に赴いて打ちのめされた四人。こんなこと、自分の手に負える問題ではない。生半可な気持ちで手を出すべきでなかった。そうした葛藤を抱える中、追い打ちをかけるような事件が起きる。それは、スポンサー企業の汚職発覚である。

「自己満じゃないの?」

スポンサー企業の汚職が発覚し、協賛を受けていた彼らのサークルは世間を敵に回した。「カンボジアの子どもたちのため」という大義名分を持ち、胸を張って活動できたはずが、「汚い奴らの仲間」として後ろ指を指されるようになるのである。ネットでの誹謗中傷、募金箱へのいたずらなど、無数の悪意が彼らを襲う。

外から攻撃された時に、団結して立ち向かおうとなるのは稀だ。たいていは内ゲバに向かう。「何かちょっと良いことをしたかった」「就職に有利そう」と、そうした思いで集まっていた人々は、甲太ら四人を糾弾する。「そもそもなんでカンボジア?」「もっと日本でやれることあるんじゃないの?」「結局自己満じゃないの?」。サークルはバラバラになり、無力感に苛まれる四人。はたして、僕らに何ができるのか。その問いが突きつけられる。

僕たちは世界を変えることができない。だけど......

世界を変えることなどできない。そう痛感して諦めかけていた四人を立ち直らせたのは、カンボジアでの記憶だった。自分を待っている子どもがいる。こんな自分でも期待してくれている人がいる。人は「誰か」のために身を削り骨を折ることはできない。具体的な「誰」のためにこそ苦労に立ち迎える。この子を救いたい。その想いが再び彼らに火をつけた。「カンボジアに学校を建てたい」という言葉は、この時初めて血が通うこととなった。

カンボジアに学校を建てた後に、甲太が出した結論は、世界を変えることができないだった。「僕たちがどんなにあがいても世界はびくともしません。きっと何も変わりません。愛とかボランティアとか、正直僕にはわかりません」

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だが、そのあとに「だけど......」と続く。「誰かのために何かをする喜びは、自分のために何かをする喜びを上回る時があるんじゃないかと思うんです」。世界を変えられるか変えられないか。1か0かで考えるとどうしても尻込みしてしまう。人一人が立ち向かうにはあまりにも世界は大きすぎる。けれど、動く理由にそんな結果主義的な計算は必要ない大切なのは、気概のみ自己欺瞞に気づき、無力さに悩み、「それでもなお」と突き進む姿が強烈に心を揺さぶってくる

あえてラストシーンのセリフを引用までしたのは、それくらいのネタバレでこの作品の感動が薄れることは全くないから

 

現在、huluにて配信中

 

 

 

 

 

『物語 シンガポールの歴史』感想。経済至上主義×エリート主義の"超合理的国家"

 

 

 

物語 シンガポールの歴史 (中公新書)

物語 シンガポールの歴史 (中公新書)

 

 

 

 

シンガポールは独立以来、驚異的な発展を遂げてきた。その一人当たり名目GDPは55182.48ドルと、日本の38467.76ドルを大きく上回っている(世界の一人当たりの名目GDP(USドル)ランキング - 世界経済のネタ帳)。
また、一人当たり実質GDPも右肩上がりである。
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シンガポールの大きさは東京23区をわずかに上回る程度であり、人口も横浜市ほどである。さらに、資源にも全く恵まれておらず、水資源はマレーシアに頼り切っているという有様だ。
このように不利な環境下で、何がシンガポールの経済成長の原動力となったのだろうか?
 
それは、経済成長を国是とした国家主導型の経済政策である。
 

国家主導+外資依存

シンガポールの国策の特徴を一言で表すとするなら、「プラグマティズム」に尽きる。シンガポールは「シンガポール株式会社」と呼ばれるほどに、経済成長に重きを置いてきた。そのシンガポールの経済政策の特徴は、国家主導+外資依存にある。
 
シンガポールは他国より一歩も二歩も早く経済発展段階を追い求めていた。近隣アジア諸国軽工業を行っている時には重工業を。重工業に本腰を入れてきた時には金融業を。そして金融業に手を伸ばした時には既に教育と医療に産業の中心を移しているなど、シンガポールは常に競争国を先んじて産業振興を行ってきた。これが可能だったのも、国家が主導して産業振興をしていたからに他ならない。
 
こうした国家主導型の経済政策を支えたのは、圧倒的な支持率を誇る国民人民党と、60年以上に渡りシンガポールを指導したリー・クアンユーに他ならない。リーは一党による一貫した政策を行うために、国民人民党が有利となる選挙制度の構築などを行った。
半ば強引にも思える手段を取っているのにも関わらず同党が90%に近い議席を獲得してきたのは、経済成長なしにシンガポールの未来はなく、また国民人民党にはそのための力があると国民が信じていたからであった。
 
冒頭にも述べたように、シンガポールは資源に乏しい。そのため、外資に依存せざるを得ない。そこで、如何にして外国企業にとって魅力的な国とするかが国家的な課題となっている。
シンガポールは規律ある労働者の育成、安定した政治、投資環境の整備といった形によって外資の受け入れ体制を築いた。そして、その外資誘致政策の象徴的な存在として「ワンストップ政府機関」がある。
「ワンストップ政府機関」とは、先進国の投資手続きの簡略化のために設けられている経済開発庁のことである。通常、先進国の途上国の投資には、インフラ設備の確認、原材料や部品の輸入、利益の本国送金など、数多くの政府機関による手続きが必要となる。そこをシンガポールでは、経済開発庁が一括で担うようにしている。このように、シンガポールは少しでも海外投資を得ようとあの手この手を尽くしているのである。
 
シンガポールは19世紀に開拓され、1965年に建国されるなど、非常に歴史が浅い。だからこそ、宗教的・文化的しがらみに囚われることなく経済成長という一つの目標に向かって邁進できた。
こうした徹底的なプラグマティズムを貫くシンガポールの国策の中でも、一際異彩を放っているものがある。それは、エリート主義的教育制度である。
 

極端なまでのエリート主義

資源のない国にとって、一番の財産は「人」である。それはつまり、いかなる教育制度を持つかが国の命運を左右すると言える。その点、シンガポールの教育制度は尖りすぎと言えるほど特異だ
その主眼は、成績優秀な生徒とできの悪い生徒を選別して能力別のコース分けを行い、優秀な生徒にエリート教育を施して官僚にすることにある。小学校、中学校の卒業時には卒業試験が行われ、その成績によってエリートコースに進むか否かが決定される。
プラトンの『国家』を彷彿とさせるこのエリート主義は、リー・クアンユーの思想を引き継いだものである。リーは優秀な頭脳を持つ指導者こそが国を経済発展に導くことを信じて疑わなかった。
リーのエリート主義が最も顕著に現れているのは、その多産奨励政策にある。1987年、出生率の下落に悩むシンガポールは、「できるなら子どもを三人以上持とう」というスローガンを掲げた。しかし、シンガポール知的水準の低下を懸念した当時のリー首相は、政策の対象を低学歴女性やマレー人女性を除いた高学歴の華人女性とし、華人大卒女性を対象にした政府主催の集団見合い会を実施したのであった。
シンガポールはこのように極端なまでのエリート主義を貫いている。そのことが国民の高い生産性に貢献していることは間違いない。
 

シンガポール最大の強みとは?

ここまで経済発展を遂げているシンガポールであるが、その生殺与奪は他国に握られている状況にある。食糧や飲料水などの日用品ではマレーシアやインドネシア、また投資や貿易では日本や欧米先進国なしに、シンガポールの経済は回らないのだ。
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シンガポールと世界の関係構造。p.229)
 
しかし、他国への依存なしには生きられないことを自覚しているからこそ、シンガポールは腹を括り大胆な政策を行うことが出来た。また、国民も「経済発展こそが最大の国家目標」という価値観を受け入れているからこそ、国民人民党の一党体制が堅持されている。
 
ここまでくると、シンガポール最大の強みが見えてくる。それは、国家と国民が問題意識を共有していることだろう。国家主導の経済政策も、極端なエリート主義教育制度も、政策目標の軸がぶれていては成り立ち得なかった。
 
政策の基本は選択と集中。複雑さは必ずしも卓越さを意味しない。
むしろ、シンプルさこそが合理性・効率性の母なのだシンガポールの歴史はその原点に我々を立ちかえらせる。
 

『タテ社会の人間関係』「自称コミュ障」はなぜ現れる?

 

タテ社会の人間関係 (講談社現代新書)

タテ社会の人間関係 (講談社現代新書)

 

 

「私コミュ障だから、人と話すの苦手なんだよねー」

 明るく愛嬌のある人が笑いながら自虐の言葉を口にする。滑稽な気もするが、男女問わずこうした自称「コミュ障」は近頃よく見うけられる。

 「コミュ障」とは「コミュニケーション障害」の略で、人との交流が苦手な人のことを指す言葉である。元々ネットスラングであるこの言葉は、日本に多数存在していた「コミュ障」を顕在化させた。言われてみればあの人は「コミュ障」かもしれない、自分は「コミュ障」だったのか、など、この新概念は人を評価するときの属性として広く定着した。

 そして、「コミュ障」を自認する人が増えたことで生まれたのが冒頭のような状況である。どう見ても「コミュ障」に見えない「自称コミュ障」が生まれているのである。

 では、なぜこうした人々が現れるのか。実はそう見えないだけで本当に「コミュ障」なのか。「そんなことないよ」と言ってもらいたいのか。それとも単に「コミュ障でない」ことのハードルを高く設定しているのか。

 この素朴な疑問に対し、日本の組織構造の特色という思考の補助線を与えてくれるのが、以下に取り上げる『タテ社会の人間関係:単一社会の理論』である。

 著者の中根千枝は1926年生まれの社会学者。女性初の東大教授であり、インド・チベット・日本の社会組織を専門としている。

 中根はインドのカースト制と比較することで日本の組織構造の特徴を浮き彫りにしている。それは、インドは「資格」の文化である一方、日本は「場の文化」であるということである。

 

一定の個人からなる社会集団の構成の要因を、きわめて抽象的にとらえると、二つの異なる原理――資格と場――が設定出きる。すなわち、集団構成の第一条件が、それを構成する個人の「資格」の共通性にあるものと、「場」の共有によるものである。

(p.26)

 

 

 ここで「資格」とよぶものは、通常使われている意味よりも広く、社会的個人の一定の属性をあらわすものである。たとえば、氏・素性といった先天的なものや、学歴・地位・職業などの後天的なもの、また経済的に言えば資本家・労働者などがそれぞれ資格に該当する。資格による集団構成とは、こうした特定の血縁集団、職業集団、カースト集団などのことを言う。

 一方、「場」による集団構成というのは、一定の地域や所属機関などのように、資格の相違を問わず、一定の枠によって、一定の個人が集団を構成している場合を指す。たとえば、××村の成員や、〇〇会社の社員というのがこれに当たる。

 こう区分した時、日本人の集団意識は場に強くおかれているが、インドでは反対に資格におかれている。日本では学校や会社といった「ムラ」を中心に集団が組織されるが、インドでは基本的に職業・身分による社会集団が形成されている。

 こうした集団の構成方法の差異が、日本人から社交性を育てる機会を失わせていると中根は指摘する。

 

社交性の欠如は、こうした社会全体の仕組み、基本的な人間関係のあり方につながるのであるが、特に強調したいのは、前述した枠による集団の構成のあり方からは、およそ社交性というものを育てる場がないということである。

 すなわち、社交性とは、いろいろ異なる個々人に接した場合、如才なく振舞いうるということであるが、一体感を目標としている集団内部にあっては、個人は同じ鋳型にはめられているようなもので、好むと好まざるとにかかわらず接触を余儀なくさせられ、個人は、集団の目的・意図によりかなっていれば社会的安定性がえられるのであり、仲間は知りつくしているのであり、社交などというものの機能的存在価値はあまりないのである。(p.52)

 

 

 場によって構成される集団内には強い同調圧力が生じる。日本では、はたから見ておかしなことをしていないか、自分は場に溶け込めているかということを意識せずには生きられない。そして、そうして狭い集団の中で安定した立場さえ確保できていれば、外へ飛び出して交流する必要性も存在しない。このように、他の価値観、文化を有する集団との社交がなくても困らないという事実が、日本人から社交性を養う機会を失わせてきたのである。

 また、場の教育機能も日本人の閉鎖性に拍車をかけている。日本人は自分が所属する場が有する規範、行動様式を叩きこまれる。それらは場によって異なるものであり、地域性が強い。地域性とは単に地理的な特性を意味するのではなく、特定の枠の中でのみ見られる性質を意味する。地域性が強いということは、特殊性が強いことを意味する。つまり、その場でしか通用しないルールを身につけてしまうということだ。「いなかっぺ」「専門バカ」など、狭い社会しか知らない人を揶揄する言葉が存在するのは、自分たちの世界以外のことをあまり知らない人が少なからずいることを示している。

 ここまでくると冒頭の疑問は氷解する。明朗で快活に見える人が「コミュ障」を自称するのはなぜか。それは、自分と「場」を同じくする相手に対してではなく、他の「場」との接触や「資格」による集団構成に慣れていないことへの自覚を示しているのである。「場」の内部で人間関係が完結しても困ることがないために他集団との接触の機会が少なくなったり、身につけた地域性の強い文化が他人との交流において齟齬を生じさせたりするといったことが生じている。このことが「自称コミュ障」を生んでいるのだ。

 異質な他者との交流には摩擦が必ずついてまわる。たとえ同じ言語を話していたとしても、自分と同じ文脈で捉えられる保証などないのだ。言葉の選び方を一つ間違えただけでトラブルになった例などは枚挙にいとまがない。だからこそ、お互いの文脈をすり合わせるためにじっくりとした対話が必要になる。

 自分が「コミュ障」であると開きなおっている場合ではない。格好のいいコミュニケーションなど求めなくていい。
 ただ地道な対話と、自分の「枠」を超える勇気を。

こんなに苦しいなら愛などいらぬ?『孤独と不安のレッスン』

 

 

 

孤独と不安のレッスン (だいわ文庫)

孤独と不安のレッスン (だいわ文庫)

 

 

 

 

 
長年連れ添った恋人と別れた時。信じていた友人に裏切られた時。人間関係で苦しんだ時、人が取りがちな戦略がある。それは『他者』を作らず相手を全て『他人』とすることである。
 
人間関係には『他者』と『他人』がある鴻上尚史は言う。『他者』とは、「受け入れたいのに受け入れられない関係」であり、同時に「受け入れたくないのに、受け入れなければいけない関係」のことである。一方で、『他人』とはそうした感情的なしがらみのない関係であると言うことができる。
 
多くの人にとって、最も身近な『他者』は、無理解な親(親にとっては無理解な子ども)である。人によっては、恋人や友人関係も『他者』にあたる。『他者』との繋がりは人に大きな幸福感をもたらす。
しかし、幸福と絶望、喜びと悲しみは表裏一体の関係にある。相手を愛すればするほど、失った時の 独感は深く、また時には憎しみに変わることがある。まさに、「こんなに悲しいのなら 苦しいのなら………愛などいらぬ!!」となるのである。
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自分の世界から『他者』をなくす「愛などいらぬ!」は一つの自己防衛の手段である。人間関係で傷ついた時、人は『他人』だけの世界に逃げ込みたくなる衝動に駆られる。そこでは人から深く傷つけられることがない。
 
しかし、『他者』と交わることなしに成熟はありえない。相手への深い愛情も、いつまでも自分を許すことのない葛藤も、『他者』との繋がりの中で初めて生まれるからだ。閉鎖的で自己完結していては成熟の機会など与えられない。
『他人』との離別に人は心を傷めない。一方で、深く愛した『他者』との別れは自分の心を深く突き刺す。心の平穏を求める場合、どちらと付き合えばいいかなどは一目瞭然だ。
だが、『他人』は自分の心を傷つけることがない代わりに、孤独に対しても無力である。
『他人』は、あなたの孤独と不安に対して、基本的には無力です。
一週間で忘れていく恋人は、あなたの孤独を深いところでうるおしてはくれないし、不安を一時的に忘れさせてくれることもありません。
けれど、『他者』は、あなたの孤独と不安を和らげるのです。
そして、もちろん、別な時には、あなたの孤独と不安を深くするのです。
(pp.141-142)
自分の孤独を心の底から癒すのも、また深くするのも『他者』の存在であると鴻上は語る。激しい感情は『他人』ではなく『他者』によってのみもたらされるのだ。
 
『他者』の存在を認めることは、気が狂うほどの孤独に苦しむリスクを引き受けることである。孤独と不安を受け入れる覚悟がどれだけあるか。それこそが成熟度合いを測る指標なのだろう。
 

 

『すばらしい新世界』感想。ベンサム先生、これが理想の社会ですか?

 

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)

 

 

 全ての功利主義者はこの本を読むべきだ。理想の果てのディストピアがここにはある。

 西暦2540年。人間の工場生産と条件付け教育、フリーセックスの奨励、快楽薬の配給によって、人類は不満と無縁の安定社会を築いていた。だが、時代の異端児たちと未開社会から来たジョンは、世界に疑問を抱き始め驚くべき洞察力で描かれた、ディストピア小説の決定版!(Amazonより)

 SF小説はしばしばディトピアを描いてきた。ビッグブラザーの支配する『1984年』に、本という本が焼き払われる『華氏451度』。どちらの世界もディストピアと呼ばれるにふさわしい危うさを持っている。

だが、『素晴らしい新世界』は違う。この世界の人々に不安や葛藤などはなく、安定した秩序を築いている。人々は快楽を好きな時に貪ることができ、不満を持つことなどないように「条件付け」される。落ち込んだ時にはソーマを飲めば鬱など吹っ飛ぶ。不安のないこの世界をベンサムが見たらなんと言うだろうか?

 ベンサム功利主義の祖だ。功利主義者は「最大多数の最大幸福」を目指すが、ベンサムはその中でも「快」こそが唯一の善であるとした。

 

 自然は人類を快楽と苦痛という、二人の主権者の支配のもとにおいてきた。われわれが何をしなければならないかということを指示し、またわれわれが何をするであろうかということを決定するのは、ただ苦痛と快楽だけである。

(世界の名著第38巻『道徳及び立法の諸原理序説』p.81)

 われわれの行動規範が苦痛と快楽だけだとしたら、この新世界はどうしてディストピアであろうか?むしろユートピアではないか。ベンサムならこう言うに違いないBrave New World(ああ、すばらしい新世界)”と。

 だが、本当にこれは理想だろうか。もしわれわれが新世界に一片の疑いも持たないようなら、そもそもハクスリーはこの本を書いていない。

快楽は善。それなら快楽に満ち満ちた世界はユートピアに違いない。その理屈は至ってシンプルで、論理的な反論が難しい。ただ我々は違和感を持つ。そして彼、”野蛮人”と呼ばれたジョンも。ジョンが力強くも悲痛に叫ぶ次の場面は、SF小説史上屈指の名シーンだ。

「快適さなんて欲しくない。欲しいのは神です。詩です。本物の危険です。自由です。美徳です。そして罪悪です」

「要するにきみは」とムスタファ・モンドは言った。「不幸になる権利を要求しているわけだ」

「ああ、それでけっこう」ジョンは挑むように言った。「僕は不幸になる権利を要求しているんです」

(すばらしい新世界』p.340)

 彼は不幸になる権利を要求する。彼が新世界に持った違和感。それは、不幸になる自由を与えられていないことであった。では、自由とはそもそも何であろうか?

ベンサムと同じく功利主義者のJ.S.ミルは、『自由論』にて次のように述べている。 

「国を愛するひとびとが求めたのは、支配者が社会にたいして行使できる権力に制限を設けることであった。そしてこの制限こそ、彼らのいう自由の中身であった」

(『自由論』(光文社版)p.14)

 自由とは権力に対する制限である。仮に「条件付け」教育の結果、われわれが「幸せに」生活できるようになったとしても、その生き方しか選べないのならそこに自由はない。ジョンは快楽を押し付ける権力に唾を吐き、自由を渇望した。

ジョンの姿はわれわれに次のことを問いかける。「お前は満足した豚となるのか、それとも不満足な人間を選ぶのか」と。この問いに答えるのは容易ではない。だが、この「満足した豚」への躊躇いこそが、われわれが人間たる証なのだろう。

 

世界の名著〈第38〉ベンサム,J.S.ミル (1967年)

世界の名著〈第38〉ベンサム,J.S.ミル (1967年)

 

 

 

自由論 (光文社古典新訳文庫)

自由論 (光文社古典新訳文庫)

 

 

『やさしさの精神病理』感想。その"やさしさ"は"ぬいぐるみのやさしさ"?

 

やさしさの精神病理 (岩波新書)

やさしさの精神病理 (岩波新書)

 

 

 目の前で泣いている人がいる。なにやら彼(彼女)にとって深刻な事態が起こったようで、悲痛な面持ちをしている。さて、”やさしい”人ならここでどうするだろうか。深く共感し一緒に泣くのか。余計な言葉をかけずにただ黙って傍にいるのか。どちらが“やさしい”と言えるのだろうか。

 精神科医である著者は、時代を経て“やさしさ”の質が変わったという。昔は相手の心に深く立ち入り、同情や共感をするようなのが“やさしさ”だった。いわば金八先生的な、熱血的な“やさしさ”である。翻って今日の“やさしさ”はもっとクールなものだという。立ち入らない。踏み込まない。そっとしておくのが“やさしさ”だと。

 著者が受け持った患者の中で、ぬいぐるみへの執着を見せた者がいた。彼は言う。「ぬいぐるみが自分にとっていちばん“やさしい“存在」である、と。彼にとって、自分の心に踏み込まないぬいぐるみこそが”やさしさ“の極地なのだ。これは同時に、自分の心に干渉して欲しくないという彼の欲求をも表している。

 過干渉より不干渉。干渉を求めないのが現代人に共通する特徴であるなら、彼らの求める先にあるのは“ぬいぐるみのやさしさ”しかない。口を開かず黙って自分を受け入れる者(物)を求める。たしかにそれは心地よいかもしれない。傷つかなくて済むからだ。

 しかし、“ぬいぐるみのやさしさ”を求める人にコミュニケーションはできない。コミュニケーションは相手を尊重して初めて可能になる。相手を一つの人格として、かけがえのないものとして接することが前提として必要なのだ。だが、“ぬいぐるみ”を求める者にはその前提を持てない。彼が求めているのは「自分を黙って受け入れてくれる何か」であり、それは代替可能なものなのだ。

 我々は傷つくことを恐れるあまり、“ぬいぐるみ”を求めることがある。だが、相手とのコミュニケーションを望むなら、一歩踏み出さねばならない。“ぬいぐるみのやさしさ”の先に、互いの尊重などありえないのだから。