本のソムリエ〜「もう一度楽しみたい!」となる書評と映画評〜

「あなたの人生を変える本が、きっとある」というコンセプトのもと、本や映画の紹介をしています。「こんな見方があったんだ!」と、作品の魅力を引き出す評論を書いています!

『スーパーサイズ・ミー』感想。一ヶ月間マックを食べ続けたら、人の身体はどうなる?

 

スーパーサイズ・ミー [DVD]

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 肥満症に悩む女性ふたりがファーストフード会社を訴えたニュースをきっかけに、1日3食1ヵ月間ファーストフードを食べ続けたら人間の体はどうなるかを検証した異色の食生活ドキュメンタリーが低価格で登場。監督自ら身体を張って過酷な人体実験に挑む。(Amazonより)

一ヶ月間マックしか食べなかったら人はどうなるのか

 この映画の概要は一言で表せる。一ヶ月間マックしか食べなかったら人はどうなるか、監督自らが実験台となったドキュメンタリーである。

 監督のモーガンはこの映画を撮るにあたり、いくつかルールを定めた。

 一つ、毎日三食マックを食べること。

 一つ、マック以外の食品は口にしないこと。

 一つ、サイズを聞かれたら"スーパーサイズ"にすること。

 など、ファーストフードが人体にもたらす影響を正確に調査するためにモーガンは厳しくルールを定めた。

 なお、スーパーサイズとは、S、M、Lのさらに上のサイズのことで、日本で言うところの"特大"にあたる。Sサイズのフライドポテトが200kcalなのに比べて、スーパーサイズは600kcal三倍のカロリーになっている。

 

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            (参考:一番右がスーパーサイズ)

 モーガンはこんな生活を一ヶ月間続けた。はじめは身体の拒否反応からか吐いてしまうこともあったが、「禁煙と同じで三日過ぎれば慣れる」と言ってからは特段苦しむこともなくマック生活を楽しんでいた。

 途中経過を観測するためにモーガンは定期的に医師の診察を受けていたが、途中でドクターストップが入る。こんな生活を過ごしていたら大変なことになると警告されたのだ。

 だが、モーガンはくじけることなくやり遂げた。その結果どうなったか。

 体重は12kg増え、体脂肪率は10%増加。その他内臓機能のリスクが大幅に上昇した。

 正直なところ、この結果を見ても驚くことはなかった。むしろ、最初の検査の時点で7kg増えていたことからしたら、「そんなものか」とさえ思うほどであった。なにしろ一ヶ月間マックしか食べない生活が身体に良くないことはわかりきっていただからだ。

 だが、この映画は人体実験の一部始終をただ流しているわけではない。現代のアメリカの大手ファーストフード会社への批判がメッセージとして盛り込まれている。

一年間で741個のビッグマックを食べる男

 マクドナルドはおよそ10億4000万ドルもの広告費を投入している(映画製作当時)。大手お菓子メーカーのハーシーの広告費が2億ドル、ガン予防のために野菜を食べようキャンペーンが200万ドルといったことと比べても、その額が膨大であることがわかる。

 こうした宣伝の効果か、アメリカ人はファーストフードを本当によく食べる。アメリカの調査機関ギャラップ社が2013年に行った調査によると、ファーストフードを週一回利用している人が約5割りいることが分かっている。

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(週一以上の利用は5割近く…米国のファストフード好き具合をグラフ化してみる - ガベージニュースより引用)

 ファーストフードを利用する人の内、週に3~4回利用する人のことをスーパー・ヘビー・ユーザーと言う。本映画では、このスーパー・ヘビー・ユーザーの割合は、なんと全利用者の内22%にまで上っていると説明している。

 作中に出てくる"ビッグマック・マニア"ゴースクは、本映画の中で最も強烈なマックユーザーだ。彼は初めてビッグマックを食べた日にその美味しさに感動し、その日だけで9個ものビッグマックをたいらげた。その後は一日二つビッグマックを食べるようになり、今では一年間で741個ものビッグマックを食べる生活をしているという。

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          (参考:"ビッグマック・マニア"ゴースク) 

 このようにファーストフードが根強い人気を誇るアメリカだが、それが最も深刻な形で現れているのが子どもの食生活である。

学校給食に入り込むファーストフード

 日本の公立学校では給食があり、栄養バランスの取れた食事が提供されている。また、食堂がある学校の場合でも、その場で調理された食事が出されることが多い。

 しかし、アメリカの公立学校にはファーストフードやスナック菓子メーカーが入り込んでいる。給食としてスナック・ケーキやコーラ、ゲータレードが提供されるのである。また、農務省から学校に提供される食事もそのほとんどが冷凍食品や缶詰で、一食で1000kcalを超えることすらあると言う。

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                                     (参考:アメリカの公立学校の給食)

 大手ファーストフード・チェーンにとって、学校給食は巨大利権なのである。堤美果は、2008年に『ルポ 貧困大国アメリカ』にて学校給食にファーストフード・チェーンが入り込んでいる現状を指摘している。

 

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

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 学校給食という巨大マーケットを狙うファーストフード・チェーンも少なくない。政府の援助予算削減にともない、全額無料では提供しきれずにマクドナルドやピザハットなどの大手ファーストフード企業と契約する企業も増えている。調査結果によると全学校区の約29%が大手ファーストフード・チェーンから申し出を受けており、その率は生徒数が5000人を超える学校区では約6割という高率になっている。(『ルポ 貧困大国アメリカ貧困大国アメリカ』p.22)

 政府の予算削減を好機として、ファーストフード・チェーンが学校給食の現場へと入ってきているのである。ジョージ・ブッシュ政権は2007年度に6億5600万ドルの無料食料援助予算削減を実施し、その結果約4万人の児童が無料給食プログラムから外された。こうした予算の削減が、ファーストフードを食べる子どもの数を増やしているのである。

 また、貧困とファーストフードは密接に結びついている。裕福な家庭では栄養価の考えられたお弁当を子どもに持たせることができるが、貧しい家庭では安価なファーストフードに頼らざるをえないことがある。また、給食だけでなく、普段の生活においても低価格・高カロリーなファーストフードは重宝される。

 このように貧困家庭がファーストフードをよく食べることは、はたして自己責任なのだろうか?

 

 この映画が撮られるきっかけとなったある裁判がある。それは、2002年にアメリカで男女八人が「マクドナルドは青少年に肥満という流行病をもたらした」としてマクドナルドを相手に訴訟を起こしたというものである。

 この裁判で、マクドナルド社側の弁護士たちは、「ファーストフードを食べ過ぎればどんな悪影響があるのかは、常識のある人ならだれでも知っている」とし、肥満は「個人の責任」だと反駁した(参考:donga.com[Japanese donga])。

  また、最近では厚労省が「所得が低い人は栄養バランスのよい食事をとる余裕がない」「食事の内容を見直すなど健康への関心を高めてほしい」とコメントをして話題となった。これもまた、食生活の乱れ=自己責任論を思わせるものである(参考:厚労省の「所得が低い人は栄養バランスのよい食事をとる余裕がない」「健康への関心を高めて」発言が「貧困層あおってるのか」と話題に - ねとらぼ)。

 「食生活の乱れは自己責任だ!」と叫ぶ人には以下の事実を見て欲しい。アメリカでは「貧困」と「肥満」が同義語になるような現状があるのだ。

世界的な経済学者のポール・ゼイン・ピルツァーは、著書『健康ビジネスで成功を手にする方法』の中で、120兆円規模の食品産業が貧困層をターゲットにいかに巨額の利益を得ているかを指摘している。加工食品のマーケティングは、肥満と栄養失調が深刻な問題である貧困国民の嗜好を研究し、彼らが好む有名人をCMに使うなどしてピンポイントで狙い撃ちするという。貧しい国民ほど安価で手にいるジャンク・フードや加工食品に依存してゆくからだ。経済的弱者がそれらの産業を潤わせるアメリカで、「貧困」と「肥満」は同義語になりつつある。(『ルポ 貧困大国アメリカ』pp.30-31) 

 

 食生活の乱れを自己責任と言ってしまうのは簡単だ。だが、本当にそう言い切れるのだろうか?

 安価で低カロリーなジャンクフードに頼るしかない人々や、貧困層を狙い撃ちにするビジネスが存在する。貧困層の中には、健康への無知や意志の弱さなどではなく、環境によってジャンクフードへと走らされている者も多いのだ。

 

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